Commissioned by harmonia ensemble & La Musica
混声合唱組曲
三味線草
Shamisen-gusa
for mixed chorus and piano
詩 竹久 夢二
Words by Yumeji Takehisa
曲 森田 花央里
Music by Kaori Morita
三味線草・壱 初演
2014年7月27日
さくらホール
渋谷区文化総合センター 大和田
harmonia ensemble
指揮 福永 一博
ピアノ 川口 成彦
三味線草・弐 初演
2016年1月16日
金沢市アートホール
La Musica
指揮 大谷 研二
ピアノ 鶴見 彩
三味線草・春 組曲 全曲初演
2017年2月28日
川口総合文化センターリリア 音楽ホール
harmonia ensemble
指揮 福永 一博
ピアノ 水野 彰子
- 三味線草・春 -
「三味線草・壱」を書く前、三ノ輪・浄閑寺の吉原遊女慰霊塔の前で手を合わせた。
2014年の春のことだ。石には「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と刻まれていた。
「あなたたちの境遇を分かることは到底できないけれど、私は必ず証明する」と、目を閉じた。
けれど、分かることはできないのに証明しようなんて馬鹿げていたから、彼女たちは私に分からせようとした。あとになって気づいたことだけれど、私もあのとき血を流していた。数奇だ。
もう、浄閑寺に行くことはないと思う。
無情にも春はゆく。だから人は生きていける。
彼女たちは何のために生まれてきたのだろう。
彼女たちはやさしかった。最後に私を離してくれたのだから。
この曲には私の二十代の血が眠る。
私は純粋なものが好きだ。いつか「君は可哀想だ」と言われた。
純度の高いことは刃のようで、時には人を死にも至らしめるけれど、彼女の涙は今もここにある。
2017年2月28日 森田 花央里
CANTUS ANIMAE 全曲再演
忘草とて三味線ひけど
あの夜の唄の忘られず
つひつまされて泣いたもの
わしぢやないもの絃ぢやもの。
ひとは知らじな
ひとにな告げそ。
帯も扇も。
月まつ月はさえもせで
君まつ月はさゆるよの。
誰もつれなくあたらねど
この夕暮のおぢきなさ。
煙草のけむりのほそ〴〵と
たまもけぬがにきえゆくも。
いそ〳〵と
格子のそとにしのびよる
浮気な夜をまたせおき
君は化粧の手をやめて
さしうつむける稼業を
親の因果と誰がしろ。
煙草のけむりが
きれてながれる。
これがわかれか。
まどろめば夢にもみるべきに
うつゝなや
恋には眼もあはぬものか。
今日のよもやもそらだのめ
夕暮にさへなりにけり。
昔の実の半分も
今もあるならきれてもみせう
なまじ不実があきらめられず。
なにごとも まはりあはせだ世の中は
一が五になる賽の目も
あの夜のひとの心がはりも。
音なたてそ
宵のねざめの落櫛も
身にしみ〴〵とひゞくもの。
よしや今宵はくもらばくもれ
とても涙でみる月を。
もしや薔薇が恋ならば
この身その葉に似もせばや。
もしや小琴が恋ならば
この身は絃とならうもの。
身からでた錆なんとせう。
しんじつかなしとおもへども
しんじつこの身がすてられず。
しく〳〵と
泣きながらくる袖萩の
絃のねじめか秋の雨。
ぬるまみの
いとし男をわすれんとゝ心あまりてねてみても
おほね気遣ふ片心。
人の前では憎いというて、よそでほめるをきく嬉しさは
桜ほのめく月影の、夢は浮世の変名ぢやさうな
まようてはさめさめてはいつか、こひしゆかしの思草。
桐の雨。かゝりし袖にぬれ乙鳥
あれみやしやんせ鳥でさへ
なれし故郷をふりすてゝ
しらぬ他国でくらうして
やゝをまうけてはる〴〵と
故巣へかへる旅の空
しほらしいではないかいな。
殿と旅すりや月日もわする
鶯なくそな、春ぢやそな。
船頭かはいや
音戸の瀬戸で
一丈五尺の艪がしわる。
あはれや
阿武隈に霧たちわたり
あけぬとも夫をばやらじ
待てばすべなしや
あはれや。
あげまきや とう〳〵
尋はかりや とう〳〵
さかりてねたれども
まろびあひけり とう〳〵
かよひあひけり とう〳〵
まつとしもなく
それとなく
はかなごゝろに
蟋蟀と泣いてゐました。
いへば世にふる。
いはねば
いはねばうきひとの
それとしらばや。
二人ゐてさへさびしいものを
一人でゝきく暮の鐘
死んでしまへとなぜつかぬ。
雨のふる夜のおもひ寝は
いづれ雨とも
涙とも。
きみのこぬとて枕ななげそ、
なげそ枕に咎もなや。
むかふ通るは清十郎ぢやないか、
笠がようにた菅笠が。
うまるゝも、そだちもしらぬ人の子を
いとほしいは
なんの因果ぞの。
よしやこの身が
なんとならうぞの。
夢になりとも 逢はせてたもれ。
夢に浮名は――
えゝたつともまゝよ。
のぼりつめたる階子ぢやものを
どうまあこのまゝおりられよう。
まれにあひみし憂寝の床の
夢なさましそ 鐘の声。
さましそゆめな
夢なさましそ 鐘の声。
おもふこと かなはねばこそ浮世とは
よくあきらめた無理なこと
神や仏が嘘つくならば
ほれた証拠をどうかこかいな
かねて手管とわしやしりながら
くどき上手につひほだされて
だまされてさく室の梅。
ないてくれるな
可愛いの駒よ。
今宵忍は
恋ぢやない。
星があはふがあふまいが
そなたにかはりはないものを。
心も身をもなげだした
この辻占の賽の目に
丁とでたらばなんとする
ほんにおもへば昨日今日
月日のたつもうはの空
人のそしりも世の義理も
おもはぬ恋の三瀬川
あはぬその日は気にかゝる
あへば口説のたねとなる
ねてとけば
まつまもながき昼夜帯
いひたいことの半分も
胸にせまつた朝の鐘
たとへこのまゝ死ぬるとも
明日といふ日がなけりやよい。
むすびもはてぬ短夜の
夢もそらなる仇情。
そさまおもへば
身がほそる。
三味の棹より身がほそる。
かけてよいのは衣桁に小袖
かけてたもるなうす情。
せめて言葉をうらやかにのう。
いまかへるわれに
なんの恨ぞ。
こゝは何処ぞと船頭衆にきけば、
こゝは三囲隅田川。
ながれ〳〵て浮川竹の
こゝは梅若隅田川
とても売られる身ぢやほどに
しづかに漕やれ勘太どの。
縁さへあらば
まためぐりも逢ふに
命にさだめがないほどに。
あのひとはどうしたと
ひとにきかれたら
死んでしまつたと
笑つてゐませう。
ゆく水に数かくよりもはかなきは
おもはぬ人をおもふこと
今はわが身に愛憎もこそも
月夜の烏、ねてもねられぬわしひとり
たとへどうした憂目にあをと
なんの意見もきこかいな
袖もかわかぬ涙の雨
はれぬ思をかはゆがらんせ、たのむ神々。
あひにきたれど戸はたゝかれず
唄の文句でさとりやんせ。
風が戸たゝけや
うつゝであけて
月にはづかしわが姿。
敵とみるならびやくらいきる気
敵ぢやないもの
君ぢやもの君ぢやもの。
かはいゝそなたはどうしてゐやる。
靄が軒端にかゝる頃
二階座敷の灯にそむき
むりにふくんだ盃に
涙がちると誰がしろ。
なくなといはれりやなほせきあげて
なかずにゐられぬ川千鳥
涙ひとつがまゝならぬ
かはいゝそなたはどうしてゐやる。
冬の夕日の暮れる時
金の屏風の灯のまへに
舞の袂の文殻の
おもい心を誰がしろ。
紫色のちりめんの
おもたさなよさ春はゆく。
今宵はじめてとる褄の
はかなさなよさ春はゆく。
(ある年の十一月四日)